政治そのほか速
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熱い解説で人気の松木安太郎。現在、『TOKYO応援宣言』(テレビ朝日系列、毎週土曜24:15)という報道系情報番組で、応援ナビゲーターを務め、選手インタビューを担当する松岡修造と出演中で、インタビュアーの松岡とは対照的に、スタジオで同局の清水俊輔アナウンサーらと番組を進行するMC的な役割を担当している。
この番組では、一週間に起きた『オリンピック関連ニュース』や、その日に起きた『野球・サッカーなど最新スポーツニュース』 、さらに 『国内外の最新報道ニュース』までをまるごとカバーし、松木ならではの“歯切れ良いコメント”とともに様々な情報を伝えている。
普段は、サッカーのイメージが強い松木だが、実は“東京オリンピック”と深い関わりがあるという。さらに、自らもサッカー選手としてオリンピックやワールドカップという“4年に一度の祭典”への出場を目指し、切磋琢磨してきただけに、2020年の東京オリンピックを目指す、現代の若いアスリートを見つめるまなざしにも強い思いがある。そこで今回、松木が自身と“東京オリンピック”との関係、2020年を目指す選手たちへの思い、またこの番組の応援ナビゲーターを務める現在の心境を語った。
■“東京オリンピック”との関係
ウチのおじいさんが相撲取り(元十両・葵竜)だったこともあり、スポーツが好きで、1964年の東京オリンピックを一緒に見た記憶があります。当時小学校1年生でしたが、三宅義信さんが金メダルを獲った重量挙げ、体操、バレーボール……。選手たちが日本のために必死に頑張っているんだ、という思いで見ていました。時代的には『ALWAYS 三丁目の夕日’64』という映画と同じ。その世界とピタリと当てはまるんです。父が小さいカラーテレビを初めて買ってきたり。道路も綺麗になるし、新幹線も開通した。さらにその数年後には大阪で万国博覧会が開催される。僕は小さかったのでよくわかりませんでしたが、日本が豊かになっていく、というのは感じました。
■サッカーとの出会い
僕がサッカーを始めたのは小学校2年の終わりごろ。だから、東京オリンピックのころはまだサッカーをやっていなかったんです。僕がオリンピックでサッカーの影響を受けたのは、日本が銅メダルを獲得したメキシコ大会。そもそも僕は、サッカーがやりたくてサッカー部に入ったわけじゃないんです。まわりのみんながサッカー部に入っていたので、僕も友達が欲しかったから入っただけ。…