政治そのほか速
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「心を開く前に股を開くな」。これは染矢明日香さん(29歳)が、ブログでモットーとして挙げている言葉だ。
望まない妊娠や性感染症などから若者を守るため、性の健康教育を広げる活動を行っている。
「日本の中絶件数は年間約19万件。出生数の5分の1にあたる新しい命が中絶により失われています。そのうち10%は10代なんです(※1)」と、染矢さんは語る。
中絶の主な原因は、避妊の失敗。全体の52%が「避妊をしなかったから」。続いて「コンドーム(の失敗)」26%、「膣(ちつ)外射精(外出し)の失敗)」20%(※2)。染矢さんによると、高校生で性体験があるのは約5人に1人。性経験のある高校生の10%が性感染症にかかっている(※3)。そのなかで、子どもの性に関する情報源は、ネットやアダルトビデオなど成人向けの情報が増えているという。
「日本は、ほかの諸外国と比べて、性教育を学校でも家庭でも取り上げる時間が少ない。その一方で、ネットやメディアでの情報が氾濫している。これが問題です」
NPO法人ピルコンではこの現状を改善するため、高校や保健所などを訪問しながら、中学・高校生を対象に、性の正しい知識やリスクの話、男女間のコミュニケーションのしかたなどを伝えている。そのほか、保護者向けの性教育サポート、大学生や若手社会人向けのイベント活動も行う。
授業で特徴的なのは、染矢さんや大学生などスタッフが、身近なエピソードや自分たちの実体験を語ること。男女組み合わせてのグループワークでは、性感染症の広がりを体験するゲームや避妊の知識などを共有し、これからのパートナーシップについて一緒に考える場をつくっている。2014年の1年間で性教育事業を行ったのは、都内を中心に15校、計約1500人の学生たちと交流した。
「教育現場では、教師自身が性の話をすることを恥ずかしく思ったり、保健の教科書の掲載情報に限りがあったりなど課題があります。先生たちからは『性のトラブルが身近に起こることだと子どもたちに伝えてほしい』『困ったときの対処法を教えてほしい』などのリクエストもあり、わたしたちが提供する実践的な性教育へのニーズを強く感じています」
染矢さんたちのこうした活動の成果は、ピルコンが授業の前後に行っているアンケート調査でも表れるようになった。2014年度は、1年間で生徒たちの性に関する知識の正解率(計15問)が、授業前35%から授業後75%へと上がったという結果がまとまった(289人回答)。内容は、たとえば「性感染症には自覚症状がないものもある」「月経中や安全日でも妊娠することがある」などの正誤を問うものだ(いずれも正解)。
「女子高校生の場合、妊娠すると、中絶か産むかどちらを選んでも、つらい状況になりがちです。中絶は心身への負担が大きく、出産を選んでも学校中退を余儀なくされることがあります。相手と結婚して幸せになる場合もあるけれど、その後離婚をしたり、キャリア選択の幅が限られたり、苦しい選択を強いられることが少なくありません」
「一方で、特に女性は年齢的な要因に加え、性感染症や月経トラブルの放置によって将来の不妊につながることがあります。若い人たちにはぜひ、性行為に慎重になってほしいし、正しい知識と判断力を得て、自分らしく充実した人生を歩めるようになってほしい」
染矢さん自身、大学3年生のとき、20歳で妊娠・中絶をした経験がある。
「まさか自分が当事者になるとは思いませんでした。学校の性教育は受けていたけれど、大丈夫だろうと思っていました。当時はまだ結婚する気がなく、将来の夢もあり、産めばいいというわけでもなかった。でも、正しい知識を持っていたらという想いが残っていました」
その後、大学で社会問題の授業で中絶件数を調べたところ、年間30万件にも及んでいた。「こんなに中絶が多いのに、性や避妊の知識が正しく知られていないなんておかしい」。大きな衝撃を受けた染矢さんは、翌年の2007年10月、仲間6人と学生団体「避妊啓発団体ピルコン」を立ち上げた。
フリーペーパーの製作や配布、産婦人科医を招いてのセミナー開催など、仲間たちと積極的に、真剣に性と向き合う日々は忙しく、有意義だった。しかし翌春、大学卒業後にそれぞれが就職をすると忙しさから関われなくなっていき、2008年夏頃、活動は休止した。
一度眠らせたピルコンを再開させたのは3年後。大学卒業後、転職を経て入社した雑貨・化粧品の製造卸・小売り事業の会社で、看板ブランドのリニューアルプロジェクトに携わるなか、うつ病になった。2009年には、プロジェクトへの貢献度を評価され、最優秀新人賞を受賞するなど、まわりから見れば順風満汎そのもの。予想外の病だったのかもしれない。しかし、染矢さんの中では、成熟市場で新しいものを出し続けることに価値を見いだせず、葛藤が続いていた。
「悩んだ末、ピルコンが自分にとって大きな意味のある仕事かもしれないという思いに行きついた」と染矢さんは話す。
「性教育は大きな社会的ニーズが存在するのに、成熟市場ではない」。染矢さんは全身からわき上がる思いに突き動かされるように、会社に勤めながら、週末を利用し、まずは若者を対象にした恋愛や性について考える参加型イベントを開催した。参加者からは、「きちんと性について学ぶ機会がなかった」「性について真面目に考えることは人生においてとても大切なことだと気づいた」という声も聴くことができ、思いは確信に変わっていった。その後、会社の好意から週3日勤務に移行。2012年9月、社会課題の解決に取り組む若手起業家のための「花王社会起業塾」(NPO法人ETIC.主催)に参加した。
すると、起業塾が終了して4か月たった2013年7月、知人の紹介で、中学生から大学生まで20人を対象にした性感染症予防の講座をまかされた(東京都北区・保健所主催)。幸運なことに、若い人にわかりやすく伝えたいという染矢さんの希望にかなった内容だった。これがきっかけとなり、その後も保健所や高校で授業をする機会に恵まれ、一緒に活動をする仲間も増えていった。
2013年10月、染矢さんはピルコンを法人化した。同じタイミングで、社会人になって付き合い始めた男性と結婚をした。染矢さんの活動を誰よりも理解する強力なサポーターだ。その後、2014年2月に会社を退職し、ピルコンを仕事にしていくことを決めた。
染矢さんには大切な言葉がある。20歳で出産をするか悩んでいた染矢さんに、母親がかけてくれた。「どっちの選択をしても、わたしはあなたの味方でいるから」
苦渋の選択の後、一人暮らしのマンションで孤独に耐えきれず、母親に「自分で決めたことだけどつらい」とメールをした際には、「自分の選択に対して、どれだけ前向きになれるかでその価値は変わるよ」と励ましてくれた。
「本当は怒られると思っていました。でもあの日、母親の愛情を深く感じられたから、わたしは自分自身を受け入れることができたし、いざというとき思い切った決断ができるのだと思います」
以前、学校の授業でうれしい出来事があった。過去にある体験をした女子学生が、染矢さんの「つらい経験もいつか何かの助けになる」という言葉を聞き、「やりたいことに目を向けて、将来の夢のために頑張る」と教師に話してくれたという。
「スタッフの中には、生徒との対話を通して過去の経験を乗り越え、自信をつけていった人もいます。その成長をそばで感じられることがうれしいし、やりがいを感じます。中絶は悲しい選択ではあるけれど、そこからの学びもあると思います。自分なりに体験を解釈し、その後に活(い)かすことで状況は必ず明るい方へ変わっていくはず」
ピルコンも法人化から1年4か月が経(た)った。今後の課題は、「若い世代の育成」と染矢さんは話す。
「学生たちと目線の近い若いスタッフを増やして、下の世代にどんどんピルコンの性教育を受け継ぎたい。授業を受けた子がスタッフになるとか、さらにスタッフが将来医療や教育に携わったり、親になったときにその経験を活かしてくれたりとか。各世代でいい循環が生まれたらうれしいです」
「自分は本当に恵まれていて、だからこそできることをやりたいと思っています。将来的には全国に仲間をつくり、自分らしく豊かな人間関係につながる性の学びの場を広げていきたい。その道をつくっていくのが自分の使命。新しい性教育の土台をつくりたい」
(※1)平成25年度厚生労働省統計「平成25年度衛生行政報告例の概況」参照
(※2)2007-2008年度厚労科研、876名の中絶患者への調査より
(※3)平成18年度国立保健医療科学院調査より
(NPO法人ETIC. たかなしまき)