政治そのほか速
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ただいまコメントを受けつけておりません。
■伊勢丹新宿店の目指す「世界最高のファッションミュージアム」とは?
子どものころ、親や祖父母と共に百貨店に出かけ、わくわくした原体験を持っているのは、どのくらいの世代までだろうか。かつて「デパートの屋上遊園地」は子どもたちの憧れの場所だったというが、いまやファッションビルや郊外の大型ショッピングモール、アウトレットの台頭により、百貨店にあまり馴染みのない若者も増えてきているのではないか。また、忙しい日々を送るうちに、買い物はパソコンやスマートフォンで済ませるのが常となっている人も多いだろう。
【もっと写真を見る】
そんな時代の流れに待ったをかけるような取り組みが、伊勢丹新宿店で数年前から始まっている。2012年に「世界最高のファッションミュージアム」をコンセプトに掲げてリニューアルを開始した同店では、フロアの中心にショップではなく「パーク」と呼ばれる常に新しい情報を発信するプロモーションスペースを設けたり、Perfumeとコラボレーションをするなど、人が集まり話題となる場を作り出そうとしている。そうした流れのなか、3月4日には本館5階リビングフロア、6階ベビー・子どもフロアがリニューアルオープンした。
「百貨店の大きなミッションの1つは、何でも揃う『館(やかた)』の中でお客様に回遊していただくこと。しかし、レディースファッションフロアで買い物をした人がリビング、ベビー・子どもフロアに足を運ぶことは少ないのが現状。そういった状況を変えて行きたい」
と話したのは、三越伊勢丹ホールディングス代表取締役社長の大西洋。リニューアルの主軸にパーク(公園)やミュージアム(美術館)といった公共空間のイメージを打ち出しているように、百貨店そのものを「人々の集う場所」として蘇らせたいと言う。また、「近年、ファッションのクリエイターがアートシーンで作品発表をすることも多くなっている。その感覚を伊勢丹にも持ち込みたい」という話を体現するように、本館5階リビングフロアの商品陳列はさながらミュージアムショップのような印象で、同フロアには現代アートシーンでも活躍するフラワーアーティスト・東信によるフラワーショップ「フラワーオブロマンス」も軒を連ねている。
■映画監督、建築家、現代アーティストが子どもたちの感性を育てる学びの場「cocoiku」
さらに興味深いのが、子ども向け体験学習プロジェクト「cocoiku」の始動である。「cocoiku」では伊勢丹新宿店に隣接する伊勢丹会館に「cocoiku room」と呼ばれるワークショップのための専用スペースを用意し、現役で活躍するクリエイターやアーティストを講師に迎え、1歳から12歳までの子どもや育児期の親を対象に、「メディア」「アート」「フィジカル」の3つのカテゴリーに分かれたさまざまな学びのワークショップを行う。
講師陣には、映画監督・美術家の藤井光、編集者の伊藤ガビン、建築家の有山宙、現代美術家の中島佑太、フードデザイナーの中山晴奈、演劇制作チームの快快など、現在のクリエイティブシーンを先導する若手・中堅のクリエイターたちが名を連ねる。プログラムの監修を務める、元山口情報芸術センター[YCAM]教育普及担当で、現在は東京大学大学院の特任助教を務める会田大也は、このプロジェクトについて次のように語った。
「講師の選考基準は、自立したクリエイターとして活躍している人。また、自身が子育て世代である30代前半~40代前半のアーティストが中心です。いわゆる『幼児教育の専門家』を招いての知育教育ではなく、生業として表現活動に携わる大人たちに子どもたちが直接出会える場を作りたい、というのが狙いでした。講師は、教え方がうまいことよりも、その人に『感化されてしまう』『触発されてしまう』経験を子どもたちが得られるクリエイターであることが重要だと思います。長期的な目で見ると、ここで学んだ子どもたちがそれぞれの感性をのばし、数十年後には文化の担い手となっているかもしれない。そういう面では、未来の文化を育てる種を蒔くような、社会貢献的な意味合いも含んでいるかもしれません」
アーティストやクリエイターと幼少期から交流できるかどうかは、実際のところ、親やまわりの大人たちの交友関係次第な部分は大きい。「cocoiku」では、そういった学校や家ではなかなか出会えないであろうクリエイターとの交流を、サービスとして提供する。
ワークショップの内容は、LEDやモーターといった電子工作を手芸に取り入れ、きらきら光るブレスレットを作る(やじまかすみ講師)、ダンスを通して体を動かすことの面白さを体験し、自由に動いたり動きを発想していく創造性豊かな身体を模索する(白井剛講師)、ゲームプログラミングを体験する(伏見遼平講師)、フランスの味覚教育「ピュイゼ・メソッド」をベースに味覚を受け取る訓練を行い、それを言葉や絵で表現することで情感と表現力を身につける(中山晴奈講師)、身の回りにある物を色や形、素材ごとに分類したり組み合わせたりすることでデザインをフィジカルに捉える(安藤僚子講師)など、大人からみても興味深い内容のものばかりだ。伊勢丹新宿店ベビー・子どもフロアの「cocoiku PARK」では、体験クラスも行われている。
■「特別な経験」「一歩先の選択肢」へと人々を誘う、伊勢丹の挑戦
伊勢丹新宿店は『世界最高のファッションミュージアム』を目指しているということもあり、各フロア紹介やコンセプトの端々に「感性」という言葉を多用している。元々日本の百貨店は美術品売り場を持っていることもあって、長らくアートとの関係も密接だったとはいえ、店全体として「感性を育てる」ことを謳い文句にするというのは、興味深いと同時に、私たちの生活が知らぬ間に狭き範囲の中での取捨選択により営まれていることへのアンチテーゼなのではないか、とも推測してしまう。インターネットの台頭、スマートフォンの普及などにより私たちが得られる情報量は格段に増え、選択肢は一見広がったかのように見える。けれどもその実、自分の趣味嗜好は知らぬうちに統計がとられ、それらのデータから購入確度が高そうなものが勝手にオススメ表示される昨今。ひょっとすると、予期せぬ出来事、新しい感覚に出会う機会は、以前よりも少なくなってしまっているのかもしれない。
「百貨店はものを売る場所」という前提はあるが、それ以上に「そこでしか得られない経験や出会いを提供する場所」であろうとする姿勢を、この伊勢丹新宿店のリニューアルから感じられる。また、「cocoiku」プロジェクトを経験した子どもたちは伊勢丹に対して、買い物ができる場所だけではなく刺激的な出来事に出会える場であるという認識を得るだろう。数十年後の彼らは、その原体験を持って、顧客としてまた伊勢丹に帰ってくるかもしれない。伊勢丹新宿店のリニューアルのプロジェクトは「感性を育てる」ことを通じて未来の百貨店のありかたを創造する、とても気の長い挑戦なのかもしれない。
(テキスト:聞谷洋子 )