政治そのほか速
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たった一声発しただけで、場の空気を一変させ、聴き手の琴線を揺さぶるシンガーというのは時々存在する。しかし、ついこないだまで高校に通っていた19歳の女の子となると話は別だ。まるでノラ・ジョーンズのようにブルージーでスモーキー、それでいてポップな要素も内包する声の持ち主は、福岡出身の藤原さくら。彼女が高校卒業後に上京し、YAGI&RYOTA(SPECIAL OTHERS)やCurly Giraffe(高桑圭)、高田漣ら多彩なサウンドプロデューサー陣を迎えて作り上げたのが、このたびリリースされるメジャーデビューミニアルバム『à la carte』である。
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「一体、どんな天才肌の人が現れるのだろう?」と、少々構えてインタビューに臨んだが、まだあどけなさの残る可憐な彼女の雰囲気に驚かされた。カラオケでボカロ曲を歌い、ワールドミュージックへの興味やポール・マッカートニーへの溢れんばかりの愛を熱く語る表情は、ごくごく普通の19歳女子のそれだ。そんな天真爛漫な藤原さくらが、新しい環境で孤独や不安と戦いながら、音楽を作り続けているのはなぜだろう。藤原さくらにとって歌うこととは? 生い立ちからデビュー作への思いまで、たっぷり語ってもらった。
■「職業にしていきたい」って強く思ったのは音楽だけでした。それ以外は考えられなかったですね。
―さくらさんは、元々はお父さんの影響で音楽を始めたんですよね。先月も、地元の福岡でお父さんと共演したのだとか。
藤原:そうなんです。「藤原さくらと保護者たち」っていうバンド名で出演したんですけど(笑)。お父さんが福岡でバンド活動をしていて、小さい頃からお父さんの好きな音楽を聴いて育ちました。小学5年生のときにギターを買ってもらって練習していくうちに、YUIさんみたいな人を「シンガーソングライター」って呼ぶと知ったんです。そこから「シンガーソングライターになりたい!」って強く思うようになりました。
―音楽以外に何か興味を持ったことはありました?
藤原:陸上部に入ったり、絵を描いたりしてました。ヌードデッサンに通ったこともあります。読書も好きで、知らないことや体験したことがないものに興味があるので、小説より「細胞」とか「宇宙」とか「宗教」についての専門的な本をよく読んでいました。昔からいろんなことに興味があったんですが、「職業にしていきたい」って強く思ったのは音楽だけでした。それ以外は考えられなかったですね。
―そんな風に音楽を職業にしていきたいと強く思ったきっかけは何でしょうか?
藤原:中3の春休みに、タップダンスをやっている同級生のライブを観に行ったのがきっかけでした。それまで自分は、「シンガーソングライターになりたい」とは思っていたものの、口で言ってるだけで特に何かしていたわけでもなくて。同級生の頑張ってる姿から「このままじゃダメだ」って刺激を受けて、福岡のボーカルスクールを片っ端からまわって、体験入学しに行きました。
―高校生になってボーカルスクールに通い始め、そこで紹介されたオーディションに通過して、東京と福岡を行き来し始めるんですよね。傍からはすごく順調に進んでいるように見えたと思いますが、実際当時の心境はいかがでしたか?
藤原:初めてのオーディションをきっかけに、それまでは一人で弾き語りをしていたのに、いきなり東京へ出てきて沢山の人の前で演奏するようになったから、最初は不安でした。でも、人に「いいね」って言ってもらうたびに、どんどん自信がついていったし、自分の曲を人に聴いてもらって、それに共感してもらうのは、すごく素敵なことなんだなって思うようになりました。
■ポール(・マッカートニー)みたいなアーティストになりたいんです。エンターテイナーでもあるし、すごくコアな曲もあれば世界中の人の心に届くような曲もある。
―ご自身の声の魅力に気づいたことも大きかったんじゃないですか?
藤原:そうですね。最初は自分の声の持ち味に全然気づいてなくて、高いキーの曲を無理して歌ってたんですよ。でも、あるときボーカルスクールの先生から「他の曲も歌える?」って言われて。キーの低い阿部真央さんの曲を歌ったら、「すごくブルージーで他にない声だね。大事にした方がいいよ」って言ってもらえたんですよね。そんなこと今まで言われたことがなかったから、「自分の声って、ブルージーなんだ」って初めて気づきました。それからは自分の声に自信が持てるようになれたし、ノラ・ジョーンズのような海外の女性シンガーソングライターを好きになっていきましたね。
―自分の声が好きになれたことで、さらに音楽への興味が高まっていったんですね。ノラ・ジョーンズの他には、どんな音楽を聴いていましたか?
藤原:一番好きなのはポール・マッカートニー。もう、全部が好きですね!(笑) 『RAM』(1971年に発表されたポールと妻・リンダの共作アルバム)を最初に聴いたときは、鳥肌が止まらなくて。涙が出そうになるんですよね、ポールの曲を聴いていると。
―『RAM』って、今でこそ高く評価されてますが、当時は酷評されてたんですよ。
藤原:そうなんですよね! でも、一番よくないですか?(笑)
―僕も大好きなアルバムです(笑)。
藤原:ポールみたいなアーティストになりたいんです。エンターテイナーでもあるし、すごくコアな曲もあれば、世界中の人の心に届くような曲もあって。でも、ポールを聴いてると時々嫌になることもあるんですよ。すごすぎるから「絶対に超えられない」って思ってしまって。そんなふうに感じるのはポールだけです。好きすぎるんだと思います(笑)。
■私の音楽を好きな人にも、世界にはいろんな音楽があることを知ってもらえたらいいなと思ってます。
―ポール・マッカートニー以外にも、ボカロ曲からワールドミュージックまで、本当に幅広くいろんな音楽を聴いているそうですね。
藤原:そうですね。ボカロは友達とカラオケに行ったときによく歌っています。ワールドミュージックは、ノラ・ジョーンズを聴き始めたのと、The Beatlesのよさを再認識したことがきっかけで好きになりました。「この人が好きなら、この人も」っていう感じで、YouTubeの関連動画を掘っていったり、CDショップのポップのコメントを読んでよさそうだったら買ったりして、少しずつ好きな音楽が増えていますね。私の音楽を好きな人にも、世界にはいろんな音楽があることを知ってもらえたらいいなと思ってます。
―ライブで演奏するカバー曲でも、アントニオ・カルロス・ジョビン(ブラジルのボサノヴァの生みの親ともいわれるミュージシャン・作曲家)を取り上げてますもんね。さくらさんの声はすごくブルージーですが、ブルースに深く傾倒しているだけではないんですね。
藤原:もちろんブルースも好きなんですけど、とにかくワールドミュージックが好きなんです。その音楽がどうやって生まれたのかとか、その国の歴史まで調べるのが楽しくて。今、FM福岡とInterFMでラジオDJをしているんですけど、そこで音楽を紹介するときにも、背景とかちゃんと調べたほうが伝わりやすいと思うし。例えばフレンチポップだったら、フランスは移民がたくさんいる国だから、いろんな要素が入っているとか。
―自分で曲を作っているときにも、ワールドミュージックやポール・マッカートニー、ノラ・ジョーンズなど自分の好きな音楽からの影響があると思います?
藤原:自分では気づかなくても、私の曲を聴いたお父さんから「なんかこれ、ポールの感じが出ている気がする」とか言われると、影響を受けてるんだなって思いますね。やっぱり自分が聴いてきた音楽が作る曲に反映されると思うので、もっといろんな曲を聴きたいです。
―曲や歌詞はどういうときに生まれることが多いですか?
藤原:いつも作りたいときにしか作っていない感覚です。自分の中にずっと溜めてきた感情を発散したいときとかですかね。そういうときって、友達に話すとか人それぞれ方法があると思うんですけど、私には「曲にする」っていう形もあるんだなって。曲にすることで自分自身が救われることもありますし。
■メジャーデビューっていうのは沢山の人に聴いてもらうってことだから、私の音楽を「受け付けない」って思う人も出てくるだろうなとは思ってます。
―2013年、さくらさんが高校3年生のときに、自主制作で4曲入りのミニアルバム(『bloom1』『bloom2』『bloom3』)を作っているんですよね。
藤原:はい。高校に入って音楽を始めてから、自分の気持ちがどんどん変化していったので、その集大成として形にしたのがその3枚のミニアルバムなんです。翌年、それらをまとめて新曲を追加したのが、高校卒業と上京を機に作ったフルアルバム『full bloom』(2014年)です。
―では、今回リリースされるメジャー第1弾のミニアルバム『à la carte』は、『full bloom』でそれまで作ってきた曲をすべて出し切った後、まっさらな状態から作ったんですね。
藤原:“My Heartthrob”という曲以外は、『full bloom』を出した後に書いた曲なので、上京してからの気持ちが詰まっていると思います。『full bloom』から1年経ってますし、インディーズからメジャーになったので、また全然違う気持ちで臨めました。
―YAGI&RYOTA(SPECIAL OTHERS)さんやCurly Giraffe(高桑圭)さん、高田漣さんなど、サウンドプロデューサーやゲストミュージシャンもとても豪華です。
藤原:最初は緊張しましたけど、本当にみんな優しいし面白いし、楽しい現場でした。「みんなで一緒に作ったアルバム」っていう気持ちが強くて、それがとにかく嬉しいですね。
―若くして実力が認められ、メジャーデビューに至ったさくらさんですが、「19歳にして」とか、去年までだったら「女子高生にして」みたいな言い方をされるのはどう思いますか?
藤原:うーん……全然嫌じゃないんですけど、「じゃあ女子高生じゃなくなったら、10代じゃなくなったら、一体どうなるんだろう?」っていう気持ちはありますね。それに、褒められれば褒められるほど、なんだか自分のことじゃないような気がして。褒められるのが嫌というわけじゃないし、ずっと褒められて生きていきたいですけど(笑)。でも、メジャーデビューっていうのは沢山の人に聴いてもらうってことだから、私の音楽を「受け付けない」って思う人もこれから出てくるだろうなとは思ってます。
■友達のTwitterとか読むと病んじゃうから、見ないようにしてました(笑)。
―上京してまだ1年ですよね? 東京の生活に慣れるのも大変なのに、メジャーデビューに向けて準備を進めていくのは大変だったんじゃないですか?
藤原:そうですね。不規則な仕事だし、ライブが重なるといろんな人と一気に会って、その翌日に一人きりになったりするので、その落差に最初はついていけませんでした。同世代で活躍している人とか見てても、「私も頑張らなきゃ」って鼓舞されると同時に、ついつい比べちゃったりして、「辛いな」と思うこともありましたね。
―地元の友達の中で、一緒に上京してきた人はいなかったんですか?
藤原:いるんですけど、彼女たちは学校もあるので毎日会えるわけでもない。それに、私は新しい友達がなかなかできない環境なのに、大学に通ってるみんなはどんどん新しい友達ができていくわけじゃないですか。それも寂しいなって思っちゃったりして。友達のTwitterとか読むと病んじゃうから、見ないようにしてました(笑)。
―きっと友達は、なかなかさくらさんの辛さを想像できないですもんね。
藤原:そうなんですかね。ライブをやったり表に出ている姿しか見ていないから、その後一人寂しく曲を作っていることまではわかってもらえないかもしれません。そういう面が伝わらなくて当然なんですけどね。ただ、月に1度はラジオのレギュラー番組の収録で福岡に帰るので、そこでお母さんと話すのはリフレッシュできていいなって思います。
―アーティストとしての活動は順調ですしね。
藤原:頑張っていきたいですね。シンガポールでも歌わせてもらったり、ベルメゾン「ホットコット」のCMに出させてもらえたり、今まで私のことを知らなかった人たちにどんどん届くようになってからは、「辛い」ばっかり言ってられないなって。でも実際、楽しく活動させてもらってます!
―今回のアルバムの1曲目、“Walking on the clouds”は楽しげな歌詞ですが、他の曲は失恋についてだったり、コミュニケーションのすれ違いだったり、切ない曲が多いですよね?
藤原:たしかに。“Cigarette butts”は失恋の曲だし、“My Heartthrob”は「好きだけど、思いは伝えないよ」っていう曲だし。でも、これまでの私にとっては割とポップで明るい方じゃないかな。もっとどん底まで落ちる曲もあるので(笑)。例えば『full bloom』には“嘘つき”とか“ラタムニカ”とか、自分の心の奥底にある気持ち詰め込んだ暗い曲も入ってますけど、今作には別れる相手に対する感謝の気持ちを歌った曲(“ありがとうが言える”)も入っているので、少しは大人になったのかなって思います。上京して一人暮らしを始めて、いろんなことに頼りきってた自分から脱却したから、歌詞の内容も変わってきてるのかもしれないです。
―ご自身の経験や体験も、歌詞に反映されてるんですね。
藤原:反映してますね(笑)。でも、前作の“Ellie”みたいに、三人称(she)を使ったり、物語調の歌詞を書いたりするのも好きです。
―ポール・マッカートニーも“She Loves You”っていう三人称の曲があるし、物語調の曲を得意としてますよね。
藤原:そうですね! やっぱり、ポールみたいになりたいんだと思います(笑)。
■「楽しんで音楽をやる」っていう根本的なことは忘れないようにしながら、毎日を送っていけたらなって思います。楽しみながら死にたい!
―英語詞を書くときと、日本語詞を書くときでは、どう気持ちが違うのでしょう?
藤原:ライブを観に来てくれた人の反応を見たり感想を聞いたりすると、やっぱり日本語の歌詞の方が伝わりやすいから、大事にしていきたいとは思ってます。ただ、自分がワールドミュージックを聴いているとき、歌詞の意味がわからないぶん、メロディーがよりストレートに耳に入ってきたり、単純に言葉の響きを楽しめたりすることがあるんですよ。そういう「言葉では伝えきれない思い」みたいなものは、日本語以外の歌詞で歌っていきたいなと思います。
―やっぱりさくらさんの根底には、自分がワールドミュージックから受ける感動を人に伝えていきたいという思いがあるんですね。
藤原:やっぱり自分と同世代の子たちにもワールドミュージックのよさに気づいて欲しいし、自分がその架け橋になれたらなっていう思いもあります。以前、「一人ワールドツアー」と銘打って、英語や日本語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語……と各国の歌を1曲ずつカバーしたことがあって、すごく楽しかったんです。もっと頑張って勉強して、英語圏以外の曲も伝えていけたらなって。
―「一人ワールドツアー」、聴いてみたいです!
藤原:そういう意味では、ライブへの向き合い方も以前とは変わったなって思います。今までは自分のためだけに歌っていたところもあったのに、目の前にいる人や、CDを買ってくれた人に届けたい、思いを共有したいっていう気持ちが強くなってきました。それも、自分の中での成長なのかな。
―では最後に、今後さくらさんが大切にしていきたいことは?
藤原:「自分は楽しんで音楽をやっているんだ」っていう気持ちですね。前にボーカルスクールの先生が、「音楽は『音が楽しい』っていう意味なのに、やってるうちに『音が苦』になってしまう人もいる」って言ってたんです。もちろん、スランプとか辛いことは色々あるだろうし、苦しいときに作った曲の方がよかったりもするんですけど(笑)。
―振り幅が大事っていうことですよね。苦しいときもあるかもしれないですけど、そのぶん楽しみも大きくなるから、ちゃんと戻ってきてください(笑)。
藤原:そうですね。「楽しんで音楽をやる」っていう根本的なことは忘れないようにしながら、毎日を送っていけたらなって思います。楽しみながら死にたい!(笑)