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<地下鉄サリン20年>日比谷線で遭遇、移住先で原発事故

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<地下鉄サリン20年>日比谷線で遭遇、移住先で原発事故

<地下鉄サリン20年>日比谷線で遭遇、移住先で原発事故

◇札幌に避難のいま、「風化させず、記憶にとどめて」

 東京電力福島第1原発事故後、福島県から札幌市に避難した都築(つづき)啓子さん(48)は、地下鉄サリン事件に遭遇していた。日本を揺るがした二つの出来事。「風化させず、記憶にとどめてほしい」と訴えている。

【証言で20年前再現】修羅場の地下鉄 理解超えたテロ

 20年前のあの日、通勤で満員の営団地下鉄日比谷線に乗ったが、八丁堀駅で動かなくなった。会議の資料を抱え「早く会社に行かなきゃ」とホームに降りた時、「車内で薬品のビンが割れた」とアナウンスが流れた。身の危険を感じ地上に駆け上がった。視界は白黒だった。最寄りの都営地下鉄駅に小走りで向かうと、すぐに息苦しくなる。乗り換えた地下鉄の車内でしゃがみ込んだ。五反田駅で助けられ、パトカーで東京都内の病院に運ばれた。

 医師は瞳孔が縮んだ目を診察して「サリンじゃないかな」と口にした。病院は真っ赤な目でせき込んだり、倒れ込んだりする人でいっぱいだった。ロビーのソファに寝かされて点滴を打たれながら恐怖に震えた。

 ぜんそくのような後遺症は今も続く。地下鉄に乗ると息苦しくなり、不安でドアの脇に立つ。仕事に復帰して2年後、出産・育児が視野に入ると耐えきれなくなった。「全部手放して新たな土地に行こう」。1997年、夫と福島県白河市に引っ越した。

 自然に恵まれた新天地では2人の子どもを授かり、親子4人で穏やかな生活を送っていたが、14年後の2011年3月、原発事故に遭遇。放射線の影響が不安で札幌市に母子避難した。夫は仕事の関係で福島に残り、家族は離れ離れになった。

 サリン事件から20年の節目を前に自身の記憶を整理して書き留めた。「時間がたつと人の関心は薄れる。そうしないと、人は生きていけないんだと思う」。だが、今も地下鉄サリン事件と福島原発事故に苦しむ被害者は多い。「被害を訴え続けることに引け目を感じ、オウム真理教や東京電力などの加害者に対して物わかりが良くなってはいけない」。二つの出来事を問い続けていきたいと思う。【三股智子、写真も】

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