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いまや小型中型の実用車のほとんどがFFレイアウトだ。いまさら説明する必要もないかもしれないが、「FF」とはフロントエンジン、フロントドライブのことだ。
エンジンは一般的にフロントに横置きされ、前輪にオーバーハングして搭載される。エンジンと隣合わせに置かれたトランスミッションによって減速された出力は、トランスミッションに組み込まれたデファレンシャルギアで2分割され、ドライブシャフトを介してタイヤへ伝えられる。フロントタイヤは当然のごとく、舵を切る役割も与えられているから、クルマの仕事のほとんどは前輪が行うことになる。ざっくり言えば、駆動も舵とりも前輪が行う。言ってみればリアタイヤはただ転がってくれさえすればいいことになる。
実はFF車のポテンシャルのキーはリアタイヤのグリップが握っているのだ。しかしそれが分かるのはずっと後のことだ。
日本初のFF車は1955年の「スズライト」
[写真]1955年に、国産初のFF車として登場したスズライトは、スズキ自動車初の4輪車でもある
日本で最初のFF車は1955年にデビューしたスズキの軽自動車、スズライトだ。小型車にとってパッケージ効率を高めることは万国共通で重要だ。ところがFF車の場合、舵を切る都合上、動力を伝えながらタイヤを動かさなければならない。これを無理なく実現できる等速ジョイントが発明されるまではFFはかなりハードルの高いメカニズムだった。
後にホンダがN360やライフと言った軽自動車でFFを普及させるが、それらの継ぎ手はユニバーサルジョイントで、たった31馬力の力を伝えるだけで3000キロ毎のオーバーホールが必要と言う手間のかかるものだった。
継ぎ手の問題点はいくつかある。前述の耐久性も大きな問題だが、もうひとつの重大な欠点があった。動力を伝えながら舵を切る角度が大きくなる ── つまり舵角が大きくなると、シャフトが1回転回る途中で速度の不均衡が出るのだ。これが振動となってステアリングにキックバックを与える。
当時のクルマにはパワステなどというものはないから、振動でハンドルが急に重くなったり軽くなったりする。これに左右のシャフトの角度差によって、アクセルを踏んだ途端勝手にハンドルが回ろうとするトルクステアが加わる。つまり舵を切った状態 ── コーナーリング中に、ステアリング系が勝手にじたばたして挙動が不安定になるわけだ。
そのため当時の小型車は、RR(リアエンジン、リアドライブ)派とFF派に分かれ、時代を遡れば遡るほどRRが優勢だった。量産車でFFのジョイントの問題を最初に解決したのはBMC(後のローバー)ミニだ。それまでのユニバーサルジョイントに代わって、複数のボールベアリングを介して動力を伝える等速ジョイント(ツェッパジョイント)を採用したことによって、FF車の新時代を拓いた。
ミニはこれ以外にも横置きFFによるコンパクトなレイアウトを構築したことでも自動車史に多大な貢献を残した。ミニのパワートレインはエンジンがミッションの上に乗る二階建て方式(イシゴニス式)レイアウトだったが、フィアット128でエンジンとミッションを隣合わせに並べるジアコーサ式レイアウトが考案され、この2台の傑作車が現在のFF乗用車の源流になっていくのだ。
軽視されていた後輪のグリップ
こうして前輪にまつわる諸問題が解決したことにより、FFの時代が始まるのだが、次なる課題はリアサスペンションだった。初期のFFは前述の通り「ただ、タイヤがついていればいい」という考えでリアサスペンションが設計されていた。しかし、パワートレーンの全てがフロントに依存するため、元々前後の重量配分が悪く、後輪のグリップは極めて失われやすいという欠点がFF車には潜んでいたのだ。
元来がパッケージ効率を高めるために採用されたFF方式なので、メカニズムは出来る限り車両前端にまとめたい。それはすなわち、前荷重が限りなく増大する方向である。幾度となく書いているように、タイヤのグリップは垂直荷重に概ね比例する。だからFFはリアタイヤにかかる重量が足りないことによってグリップが足りなくなる要素が揃っている。
この状態でブレーキをかけると、荷重はさらにフロントに寄り、リアタイヤのグリップが失われて前輪を軸にスピンモードに入る「タックイン」という現象が起きる。路面が下り勾配であったりすればなおさらだ。タックインから回復するのはドライバーに高い技量が求められる。クルマの方向安定性が失われてしまっているので、普通のドライバーはコントロール不能になってしまうのだ。
対してフロントは垂直荷重は常に十分に足りているから、グリップが失われるとしたら、タイヤのグリップが遠心力に負けてドリフトアウトする場合だけだと言っていい。これはいわゆるアンダーステア状態で、別の言い方をすれば安定し過ぎて曲がらない状態である。よほどコーナーへのアプローチ速度が間違っていない限り、滑りながら速度が落ちて行けばタイヤのグリップが回復するのでタックインよりずっと危険が少ない。
つまり、FFを安全な乗用車に仕立てるためにはどうやってタックインを抑え込むかに掛っているのである。
初期はトレーリングアーム式が主流
[写真]トレーリングアーム式。初代バラードのリアサスペンション上面図。タイヤの前方に設けられた1点の揺動軸から後方に伸びるアームの先にタイヤが取り付けられている
初期のFF車はリアサスペンションの重要性をエンジニアリング的に消化していなかった。そのため「トレーリングアーム式」の簡易なサスペンション形式が多数派を占めた。トレーリングアーム式の図を見てみて欲しい。車両の前後方向に向いたスイングアームの先にタイヤが取り付けられている。
理想を言えばサスペンションアームは長い方が良い。しかし長いとしなりやすく、アームを曲げる方向の剛性を維持するのが難しい。このタイプのサスペンションはコーナリング中に、ある一定までは踏ん張るが、タイヤのグリップが限界に達すると、そこまでアームを曲げていた力が解放されるため、曲げられていたばね鋼が跳ねるように一気にグリップを失う。専門的にはファイナル・ブレーク・アウェイと呼ばれる現象だ。この状態に陥ると車両は突然スピンモードに入る。タイヤやサスペンションの限界が低ければ変化も大したことはないが、性能を上げれば上げるほどしっぺ返しが強烈になってしまう。
ワンダーシビックのビームアクスル式
[写真]ビームアクスル式。初代CR-Xのリアサスペンション。左右を適度に関連させながら、サスペンションそのものに構造的位置決めをさせるため、シャシーへの依存性が低い
そこで、1980年代に入るとリアサスペンションの能力アップへのトライが始まる。おそらくその先駆けとなったのが、ワンダーシビック/CR-Xの「ビームアクスル式」だろう。構造的に見ると、このサスペンションは左右のトレーリングアームを車軸近辺で太いパイプでつないだものだ。トレーリングアーム式の弱点である横剛性を改善した方式だと言える。
ただ左右をつなぐだけだと片側のタイヤに入力があった時に両側のタイヤが一緒に動いてしまうので、右側ハブにスウェイベアリングを組み込んで2本のトレーリングアームとアクスルビームの間を剛結しないようにしてある。これによってサスペンション全体がひしゃげるように片側だけを可動にできるわけだ。左右輪は相対的にキャンバーが固定されており、サスペンション全体はボディに対してパナールロッドという連結棒でつないで横方向の位置決めがされている。縦方向の位置決めはトレーリングアームが担う。
当時のクルマはまだボディの剛性が根本的に足りなかったため、この左右輪が相対的に一体になった方式は大きな意味を持っていた。実際ワンダーシビックは、かなり意図的にタックインを起こそうとしてもリアタイヤがブレークするようなことは起きなかった。リアタイヤの問題の一応の解決をみたと言っていいだろう。
より高性能なダブルウィッシュボーン式
[写真]ダブルウィッシュボーン式(変形)。3代目アコードのリアサスペンション。スペースの問題に工夫を凝らしている。ハブキャリアの一部を上方へ伸ばして、タイヤの上でアッパーアームと連結する。アッパーアームの長さを取りながらシャシー側への食い込みスペースを減らし、上下アームの取り付けスパンを広く採る設計
その後、コンピューター解析技術が進歩してシャシーの剛性が上がるにつれ、サスペンションを左右独立にしても成立させることが可能になっていく。そうなればより高性能を求めたくなる。ビームアクスルでは、ばね下重量が大きい上、地面に対するタイヤのキャンバー(対地キャンバー)は固定で変えられない。これをより理想的にしていくために、「ダブルウィッシュボーン」が採用されるようになる。
ダブルウィッシュボーンの基本的な特徴は、サスペンション単体での剛性が高いことにある。また、上下のリンクの設計を上手に行えば、他のサスペンション形式に比べ、車体がロールしても地面に対してタイヤを垂直に近い理想的な角度で保つことができる。タイヤをより上手に使えるのだ。
ただし、その前提としてサスペンションをマウントするボディの剛性が高いことが求められる。ボディの方がぐにゃぐにゃと変形してしまうと、サスペンションをいかに緻密に制御しても意味がないからだ。そういう意味で、ダブルウィッシュボーンはコストの高いサスペンションだ。シャシーへの要求、部品点数の多さ、開発の手間の多さがコスト高を呼ぶのだ。
バブルがはじけると、メーカーはこのリアサスペンションがオーバークオリティであるとの判断を下し始める。スポーツカーでもない乗用車にそこまでの高性能なサスペンションは必要ないと言う判断だ。さらにダブルウィッシュボーンはどうしてもスペース効率が悪い。ワゴンやミニバンが売れ始め、車内空間の増大が求められていく中で、リアサスペンションのコストダウンと、小型化の重要度が急速に増していく。
小型化需要でカップルドビーム式
[写真]カップルドビーム式。CR-ZのH型アームを使った典型的なカップルドビーム・サスペンション。左右を連結するビームの剛性を低めに取っていることが板厚からも見てとれる
そこで考案されたのが「カップルドビーム方式」だ。考え方としてはビームアクスルに近いが、より簡素な仕組みだ。左右のトレーリングアームの間につっかい棒を渡し、これを溶接してしまう。ビームアクスルでは左右の自由度をスウェイベアリングで確保していたが、もっとシンプルにつっかい棒のねじれで辻褄を合せることにした。左右のアームの中間をつなぐH字型のアームの横棒の剛性を意図的に落とすことで、左右の独立性を持たせたのである。
このサスペンションのメリットは安価なこと、そして非常に薄型なことである。ダンパーとスプリングを別にすれば床下だけでレイアウトが解決できてしまうのだ。現在では多くのクルマがこのカップルドビームを採用しているが、ここ最近、新たな動きが出始めた。スポーツ志向のクルマが増え始めたことで、リアサスペンションの重要性に再度スポットライトが当たり始めたのだ。現在のところその行き先はどうも再びダブルウィッシュボーンに向かっているように思える。
FF車のリアサスペンションはその性能をどこに置くか、技術の進歩とクルマに求められる特性によって、行ったり来たりを繰り返しているように思える。あまり注目されることが少ないFF車のリアサスペンションだが、こうした流れを頭に置いて、眺めて行くとなかなかに興味深いのである。
(池田直渡・モータージャーナル)
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