前回では香港の財閥グループの総帥、李嘉誠(リー・ジアチョン)氏の慈善事業がビジネスに結びついた例を挙げたが、欧米の金融グループや企業のトップは往々にして「短期間で利益を上げなければ、自分のクビが危ない」という状況に置かれており、短期的に目先の利益を追い求めるという「即効型」を望むようです。
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その場合、悠長なことは通用せず、必然的に、かなり乱暴な手段に頼らざるを得なくなります。
その最たる例が、最高幹部の子弟をリクルートし、最高機密に属するようなインサイダーの内部情報を入手し、ビジネスに結びつける方法でしょう。これは中国が共産党一党独裁体制であることを最大限に利用したもので、中国の意思決定システムが法治でなく人治であることから、成功率は極めて高いといえます。
その一例は米大手投資銀行モルガン・スタンレーが温家宝(ウェン・ジアバオ)前首相の長女、温如春(ウェン・ルーチュン)さんが経営する北京市のコンサルタント会社と顧問契約を結んでいたというものです。これは米紙「ニューヨーク・タイムズ」が一昨年11月に報じました。
それによりますと、このコンサルタント会社は、社長の温如春ともう一人の事務員のたった2人だけで、ほとんど経営実体のない会社だといいます。モルガン・スタンレーは温如春さんに年間90万ドル(約1億700万円)もの顧問料を払っていたというのです。明らかに「温家宝氏ら中国政府幹部からの経済情報を目当てにしていた」と同紙は伝えています。
温如春は現在40歳。1980年代に米国の大学に留学して以来、常麗麗(チャン・リーリー)と名乗り、1988年にデラウエア大学大学院でMBA(経営管理学修士)を修得。その後、ニューヨークのマンハッタンの豪華マンション「トランプハウス」に住み、米投資会社リーマンブラザーズやクレジットスイス・ファーストボストンに在籍したこともあります。
香港の外資系銀行の日本人幹部は「このような経歴なので、温如春さんの存在は欧米系銀行では有名だ。中国でビジネス展開をしている外資ならば、銀行や金融機関に限らず、彼女から情報を得たいと思うはず」と話しています。
モルガン・スタンレーは温如春が2005年、32歳のときに帰国して、北京中心部の高層ビル内にコンサルタント会社「フルマーク・コンサルタント」を創設、自ら社長に就任したチャンスを見逃さなかったのです。
実はモルガン・スタンレーは社内に「ブラザー&ドーター(兄弟姉妹)」部門が存在しています。…彼らの仕事は中国共産党・政府幹部の子弟などの情報を収集し、接触するというもので、幹部子弟から中国の重要情報を収集し、ビジネスに生かすことが目的なのです。そう、彼らのヘッドハンティングはシステマチックに機能しているのです。
同社は2006年からと温如春さんの会社と顧問契約を締結し、毎月7万5000ドル(約890万円)を支払っていたのです。
その効果は早速、表れました。中国鉄道省傘下で、線路など鉄道関連施設の建設や補修工事を専門に行なう「中国中鉄」が香港市場で株式上場。それに絡んでモルガン・スタンレーは50億ドル(約5900億円)もの利益を上げているのです。また、中国の平安保険も07年、香港で株式上場した際、同社は10億ドル(約1200億円)の利益を得ています。さらに、同紙は平安保険の株式売買に絡んで、温家宝ファミリーも20億ドル(約2400億円)もの株式を取得していたと伝えています。
このようなビジネスは温家宝ファミリーばかりではありません。
国際的なジャーナリスト組織「ICIJ」は最近、習近平(シー・ジンピン)国家主席や温氏ら中国共産党・政府、軍の要人の親族、少なくとも12人が、タックスヘイブンとして知られる英領バージン諸島などに会社や信託を設立し、資産を隠し持っていると報じています。
この顧客リストのなかには、香港を含む中国在住者2万2000人の名前がリストアップされており、主な中国指導者の親族としては、習近平国家主席の義兄、胡錦濤(フー・ジンタオ)前国家主席のおい、温氏の息子と義理の息子、李鵬(リー・ポン)元首相の娘らが挙げられているというのです。
このようなまねはわれわれ日本人にはできそうもありませんが、中国でのビジネスには欧米系の金融機関の荒っぽいやり方もあるのだということを知っておくことも無駄ではないと思います。
◆筆者プロフィール:相馬勝
1956年、青森県生まれ。東京外国語大学中国学科卒業。産経新聞外信部記者、次長、香港支局長、米ジョージワシントン大学東アジア研究所でフルブライト研究員、米ハーバード大学でニーマン特別ジャーナリズム研究員を経て、2010年6月末で産経新聞社を退社し現在ジャーナリスト。
著書は「中国共産党に消された人々」(小学館刊=小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞作品)、「中国軍300万人次の戦争」(講談社)、「ハーバード大学で日本はこう教えられている」(新潮社刊)など多数。