●ピコピコ少年ご本人のガイドで溝ノ口巡り
2014年7月28日の真夏日、JR溝の口駅に集合した男たち。筆者も参加しているゲームレビュー本『超超ファミコン』に収録するルポ取材のためですが、溝ノ口という街のどこにゲームとの特別な縁が? それは押切蓮介先生の漫画『ハイスコアガール』や『ピコピコ少年』の舞台となったこと。ガイド役も押切さんご本人で、下町だけど気分は超豪華ツアーでした。
ここは何度も不良に追いかけられた場所。ここが秘密基地を作り、友人同士がケンカしてゲームボーイを投げ捨てられたドブ川……ただ水中に魚がいる!というだけでテンションMAXの僕らに「なんかありますの?」と地元のおばちゃんが覗き込んで来たのもいい思い出。
そんなルポが押切さん視点で描かれた一話が収録されているのが、さる2月5日に発売された『ピコピコ少年SUPER』。「屋上のちびっこランドは今でもあるんですよ」と案内しながら「まるで自分の宝を見せびらかす快感」と思っていたり、7月31日に閉園となることを知って感傷に浸る前に「ツイッターのつぶやきのネタに使える!!」と冷静にうそぶく内心が分かってショック!
そこで「ドブ川を聖地に変える力が俺にはある……」と万能感にひたる押切さん。でも、僕らの感動は正確にはちょっと違う。「ただのドブ川を聖地に変えた目の前のピコピコ少年」に打ち震えてたんです。
●「何者にもなれなかったゲーマー達」を代表する魂の叫び
Web連載空間「ぽこぽこ」にて『ピコピコ少年SUPER』最終回が公開された1月30日はアクセスが殺到して、ページが重くてめくれない……という状態がしばらく続いてました。そのため、以下は人によってネタバレになってしまうかもしれませんが、ご了承のほどを。
このマンガには「ゲームをやっていて美少女とラブラブになった」なんてのは一切ない。フラグは立つこともあるけど、へし折られるために立つ。ゲームのプレイに現世利益のボーナスはなくて、ゲームはゲームだけで完結しているのです。
「溝ノ口のドブ川」が他の街にもあるように、本作の主人公の身の上に起きた出来事は、80〜90年代のゲーマー誰もにあったかもしれないこと。さすがに友達とワリカンで買ったゴムボートで川下り、『グーニーズ』というより『スペランカー』体験できる立地は限られてますが、格ゲー対戦で勝ったら台を蹴られて怖い目をしたり、逆に負けが込んで己のちっぽけさを嫌というほど知らされるのは「いつか来た道」でしょう。…アニラジにハマってPCエンジンのCD-ROMをプレイヤーで聞いたら二曲目=ゲームデータのノイズで発狂しそうになり、公開録音で挙手を当ててもらったらテンパって喋れないままマイクを取り上げられた……身に覚えあり過ぎで胃に穴が空きそう。
ネットゲーム内での恋愛や結婚が現実への垣根を超えることも、本作の中ではファンタジーではなく、ドブ川と地続きにあるリアル。仮想空間で知り合った「女子」とのオフ会もある、ほうれい線から30代後半がバレバレだったけど。バーチャルにいちゃついた相手の写真を見ればスゴい落差、うん生身の人間はドットでもポリゴンでもないからね。押切さんの描く女の子は可愛いか(以下略)の二択で、本作では他人の彼女に対して後者ばっかりなんですが、それも俺達の狭い心・代表として良し!
そうした「特別に良くもなく悪くもなく」が、フツーの読者の心をえぐる。とびきりの成功やどん底の不幸はみんなの注目を集め、フツーはかき消されてなかったことにされる。そう目立たないけど惹かれる女子とジブリ好きがきっかけで急接近、家にお呼ばれしてゲーム勝負の賞品みたいな形でコクられ、でも両想いのリスクを考えてるうちに誤解がこじれてフラレてしまい……いい目もあり不運もあり、収支トントン。努力の空回りはひと目に触れないまま、心に細かな傷を刻んでゆく。
傷ついたゲーマーに胸を貸してくれるのが、やはりゲーム。格闘ゲームの対戦で勝っても負けても結果は結果で、空回りというプレイなし。全力で向けられる殺意もまたコミュニケーションであり礼儀なんです。
ゲームがあったから凹んでもくじけても立ち上がれた。何者にもなれなかったほとんどのゲーマーに代わり、その思いを魂揺さぶる絵で高らかに歌うのが本作の痛快さ。いいことも悪いことも今の自分を支える原動力、いつも共にいてくれたゲームよありがとう…。
●再びゲームに支えられるピコピコ少年
現実とシンクロしてる本作は、そう綺麗には終わりません。そう、あの溝ノ口巡りから数日後のこと。ある出来事によって「漫画家(35歳)」と報道されてしまい、PS4を箱から出す気力もわかない最終回の「糞袋少年」。
あの作品さえアニメ化していれば大好きな『ヴァンパイアハンター』(筆者は押切さんに対戦でボコボコにされました)をはじめ格ゲー人気も再燃し、ゲームに恩返しできたかもしれないのに。溝ノ口巡りがゲームを題材に漫画家として成功した実感を持てた最高潮の日だった…と振り返る作者に、仕事用のPCが動かなくなる泣きっ面に鉢の不幸。…そこに深夜だというのにタクシーでさっそうと駆けつける親友の山田くん(『ピコピコ少年』シリーズの準レギュラー)。元GFの顔をあんな風に描いたのに、好きな声優のテレカをもらうチャンスを不意にしたのに!
ゲームを通じて繋がった友人に背中を押され、またゲームの胸に飛び込む押切さん。今回の一件は本当に気の毒で残念だけれど、「ゲームに支えられるピコピコ少年」がまた見られたことが少し嬉しいのです。そして『ハイスコアガール』の再開も祈ってます!
(多根清史)