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軽自動車の世界で、地殻変動が続いている。自動車の販売に関して言えば、ここ数年日本での新車販売台数の4割を軽自動車が占め、自動車市場全体で続くダウンサイジングの流れの最終的受け皿となってきた。
【画像:80~90年代の軽自動車たち】
●ダウンサイジングの時代
なぜ軽自動車はこれほど売れるのか。大きな理由の一つは、消費者のマインドの変化だ。雇用形態が変化し、多くの人の可処分所得が限られる中、バブル期までのように「社会人になったら年々給料がベースアップするから、高額ローンを組んでも大丈夫」とバラ色の未来展望を描ける人は減ってきた。高額なクルマを買って重いローンなど組まない、手頃な価格のクルマで堅実的な予算を立てる傾向が強まった――背景にはこうした日本人の変化がある。
一方、環境への配慮という観点から、小型化、小排気量化の流れが強まっている。以前ならアコードなどのDセグメントに乗っていた人がフィットなどのBセグメントへ移行するというダウンサイジングの流れがこの10年ほど加速を続けている(セグメントについては過去コラムを参照)。「大きくて燃費が悪いクルマに乗るのはかっこ悪い、時代遅れ感だ」そういう価値観が普通になりつつある。
ちなみにダウンサイジングは現在の自動車界において非常に重要なキーワードであり、2つの意味がある。1つはユーザーが大きなクルマから小さなクルマへクラスを下げて乗り換えること(前述)。もう1つは、例えばモデルチェンジの際にボディを小さくしたり、エンジンを小排気量にすることだ。
もともと消費者の経済観念が緊縮的になっているところへ、環境的正義が加われば状況が加速するのは目に見えている。内心「ダウンサイズしようかな」と考えても、安価なクルマに乗り換えるのは体裁が悪い、と感じる人もやはり一定数いる。しかし、「環境」というエクスキューズがあれば、無理して大きなクルマを買う必要はなくなる。
そんなわけで、かつて普通のサラリーマンがローンを組んで頑張って買い支えたことでマーケットの中心にいたアコードなどのDセグメントと、若いサラリーマンを同様に上顧客にしていたシビックなどのCセグメントは空洞化が進み、現在新車販売の中心は、Bセグメントと軽自動車に集中しつつある。
●Bセグメントと軽自動車それぞれの戦略
こうした状況下、Bセグメントに対する自動車メーカーの戦略は2つの方向性に割れた。日産と三菱は低価格なアジア戦略車を国内で販売して価格の安さで訴求することに。トヨタ、ホンダ、マツダはそれぞれ高付加価値のクルマを用意して、できる限り安物に見えない工夫を凝らし、ダウンサイジング移行組に不満を持たせない小型車、という方向を目指した。
それでは、Bセグメントの小型車 VS 軽自動車の戦いは、今後どういう流れになっていくのだろう?
そもそも軽自動車は、衝突安全試験を事実上免除されていた時代があり、それが問題視されて徐々に普通車に近い試験を課せられるようになった。クルマの安全性はボディサイズに依存する部分が少なくないので、衝突安全基準が引き上げられるたびにボディサイズの制限は緩和されてきたという歴史がある。特に1990年代の半ばからは、車体の拡大に応じて増えた重量に動力性能を釣り合わせるべく、排気量が拡大された。これらの規制緩和によって、軽自動車は十分に実用的な車内空間と、現実的な動力性能を手に入れた。
ターニングポイントになったのは、スズキの「ワゴンR」だ。このヒットが軽自動車の需要構造を一変させた。2000年代の半ばになると、さらに車内空間を拡大したモデルが登場する。ダイハツの「タント」だ。そこから10年の間に軽自動車マーケットはあれよあれよと言う間に自動車全体の4割を占めるところまで拡大していったのだ。
●軽自動車の維持費はなぜ安くなったのか
どうせダウンサイジングするなら、維持コストが一気に下がる軽自動車に魅力を感じるのは当然である。税制面で軽自動車は圧倒的に有利だ。現在の軽自動車税は年間7200円。排気量1リットル以下の普通車の税金が2万9500円であることと比較すれば極めて割安だと分かる。
軽自動車税だけではない。制度が同じではないので単純比較はしにくいが、保険も車検も安い上、多くの高速道路には「軽自動車料金」が設定されている。定期的に高速道路を使って出かけるというケースでは、かなりの差額になるだろう。こうしたメリットを考えると、軽自動車にしては多少車両価格が高くても、普通車との年間の維持費の差を考えればペイできる。そのくらい維持費の差は大きい。
日本の場合、自動車がぜいたく品であった時代の名残りが税制に色濃く残っており、世界的に見ても自動車の維持費における税金の絶対額が突出して多いと言われる。しかも自動車税と重量税や、ガソリン税と消費税など二重課税の問題も多く、非合理的な側面が多い。
特に問題をややこしくしたのが、若き日の田中角栄が作った「道路特定財源」だ。これは1950年代に、戦後復興で出遅れた道路整備を進めるために、当時特殊な富裕層であった自家用車ユーザーに受益者負担を求めるためにできた制度だ。
しかしその後のモータリゼーションの発達で、おのずと意味合いが変わっていく。自動車が限られた富裕層のぜいたく品ではなくなっていくのに反して、税収は大きくふくれ上がり、特に地方の公共工事財源として手放せなくなっていく。
その結果、時限でスタートしたはずのこの道路特定財源は期間の延長を繰り返し、ついに2009年には一般財源化されてしまった。国も地方自治体も税収が不足している中で、いまさら財源を手放せない。
●4月、軽自動車税が引き上げ――軽自動車(の新車)は売れなくなる?
2015年4月販売の新車からは、軽自動車税が従来の7200円から1万800円へ引き上げられる。「4月販売の新車から」とは、「それ以前に売られたクルマは今後も従来通り7200円でOK」という意味だ。つまり現在市場に出回っている中古車や、3月中に納車されたクルマは今回は引き上げの対象にならず、来年以降も毎年7200円で済むことになる。1回だけではなく、今後もずっと毎年の税額が違うので累積金額で考えると大きい。後々中古車として売るときも、税額の有利さが査定に影響してくる可能性は高い。
つまり軽自動車の躍進は、サイズと動力性能が実用上問題ないところまで引き上げられた一方、維持費がさまざまな面で有利だったため、トータルでのお買い得感が非常に高かった、というのが理由だった。今回、その安い維持費の中心的存在である税金が引き上げられることになった。
こうなると、4月以降も新車の軽自動車が販売好調だと予想する人はいないだろう。メーカーもそんなことは分かっている。そもそも今回の軽自動車税の引き上げは、一回で終わるかどうかが分からない。シェア比率40パーセントに達した軽自動車の現状から考えて、今後もこれまで通り例外的に安い税額を設定していくのは難しい。再度の引き上げも十分考えられる。
今後、「維持費の有利さ」がなくなる見込みの中で、軽自動車メーカー各社はどのように戦っていくつもりだろうか?
●軽自動車の個性化が進み、本質で勝負する時代へ
昨年スズキはSUVスタイルの軽自動車「ハスラー」をリリースした。ダイハツはオープンの軽スポーツカー「コペン」を12年ぶりにフルモデルチェンジした(参考記事)。続く2015年、ダイハツが遊び道具が満載できる巨大空間モデル「ウェイク」を発売、ホンダはかつての「ビート」を思わせるミッドシップの2座オープンモデル「S660」の発売を間近にしている(参考記事)。さらにスズキは、先行して発売していた「アルト」にターボエンジンを搭載して走りに特化した「スズキ・アルト・ターボRS」を追加した。
これらのモデルに共通するのは、どれも安価な実用車ではないということ。それどころか、Bセグメントの普通車より値段が高い。100万円以上は当たり前、特にS660は200万円という噂が流れているほどだ。
もう一つ共通しているのは、いずれもクルマのテーマを「遊び」に置いていること。ハスラーはアウトドア志向だし、ウェイクはサマースポーツやウィンタースポーツのためのギアを満載できるイメージを強調している。コペンとS660、そしてアルトRSはそれぞれ微妙に立ち位置を変えながらも、モチーフは「スポーツカー」で共通している。
税金面での有利さがなくなっても「このクルマが欲しい!」と思われるクルマ、選ばれるクルマを作らないと生き残れない――自動車メーカーはそう判断しているように思う。前述の5台は「軽自動車の中でどれが良いか」という視点で選ばれるクルマではない。「そのクルマにしかない何か」で選ばれるクルマだ。高付加価値であることこそが存在理由となっている。
振り返れば、1980年代の軽自動車は普通車へステップアップする過程での“通過点”であり、経済的な事情が許せばわざわざ選ばないクルマだった。1990年代以降の流れは、維持費も含めたトータルで買い得感があったのは前に記した通りだが、2015年、軽自動車税の引き上げによって、徐々に軽自動車は本質で勝負する形に変わりつつある。ただ「広い」とか「安い」というだけでは勝負できない状況はすでに数年前から始まっていた。今回の軽自動車税引き上げがきっかけとなって、軽自動車は個性化の時代に入ったように思えるのだ。
[池田直渡,Business Media 誠]