政治そのほか速
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◇高浜原発差し止め 申し立て側「最高の内容」
関西電力高浜原子力発電所3、4号機(高浜町)の再稼働を認めないとした14日の地裁の決定は、国内最多の原発が立地する県内に大きな波紋を広げた。申し立てた住民側は「最高の内容」と喜んだが、再稼働の遅れなどの影響を懸念する声も上がった。
この日午後2時過ぎ、住民側の主張を全面的に認め、再稼働を差し止める決定が出たことを申立人から伝えられると、地裁前に集まった支援者らから大きな歓声が起こった。
福島第一原発事故後、福島県田村市から金沢市に避難した無職の浅田正文さん(73)は「これまでの生活が報われる決定だ。福島で生きる人にも、広域避難中の人にも『原発事故の悲劇を繰り返さない』との希望の光が見えたと思う。決定の瞬間に立ち会えて本当に良かった」とした。
申立人の一人の神戸市垂水区、高橋秀典さん(57)も「福島第一原発事故後、原発の是非に明確な答えがない中、ついに司法が一つの答えを出したと思うとうれしい。関電や国には、この結果を重く受け止めてもらいたい」と力を込めた。
弁護団は、再稼働が認められた原発に対し、新たに仮処分の申し立てを行う考えも示しており、県内のほかの原発にも影響が広がる可能性がある。
一方、高浜町役場で取材に応じた野瀬豊町長は「相当な時間をかけて新規制基準に適合したと決定された。(再稼働の同意という)次の段階に入る矢先に、こういう司法判断が出て住民は困惑しているのでは」と懸念を示した。
ただ、同意判断については「司法判断が変わらない限り再稼働は無理だが、あくまで仮処分。私は司法とは別の視点で同意の判断を粛々と進める」と強調した。
3月に再稼働に同意した町議会の的場輝夫議長は「原子力規制委員会の存在そのものに疑義を挟む決定ではないか」と指摘。議会の結論に関しては「継承されると思う」とした。
関電大飯原発3、4号機が立地するおおい町の中塚寛町長は談話を発表し、「今回の決定は、今後の原子力政策に多大な影響を及ぼす可能性が危惧され、専門的知見に基づき、慎重かつ十分な審理が尽くされたのか疑問を感じる」と批判した。
原発関連の定期検査などを請け負う同町内の会社の男性経営者(60)は「裁判所の独断で簡単に覆すのは、納得がいかない」と憤り、「いまは安全審査で新たに必要になった耐震補強工事などを請け負うことで、しのげているが、工事がすべて終わっても、再稼働できないとなれば経営が行き詰まる」と不安を口にした。
自民党の稲田政調会長(衆院福井1区選出)は「党の公約として『安全性を最優先し、規制委によって新規制基準に適合すると認められた場合、判断を尊重し原発の再稼働を進める』としており、引き続き、これに沿って政策対応を行いたい」とコメントした。
近江八幡市宮内町の日牟禮八幡宮で14日夜、「八幡まつり」(国選択無形民俗文化財)の宵宮祭が行われた。勢いよく燃え上がる大小の松明(たいまつ)を見上げながら、氏子や見物客らが無病息災を祈った。
豊臣秀吉の甥(おい)・秀次が八幡のまちを築く以前から行われている祭礼行事。
市内12集落の氏子らが境内に設置した約50本の松明(高さ2・5~10メートル)に次々と点火すると、瞬く間に炎が夜空を焦がした。
15日には、各集落の氏子の若者らが大太鼓を打ち鳴らしながら宮入する本祭「太鼓まつり」がある。
天王山の麓に広がる山崎地域の大山崎町と大阪府島本町の住民らが、同地域を舞台にした自主映画の制作に取り組んでいる。両町は京都、大阪両市のベッドタウンとして人気が出ており、開発で豊かな自然が失われ、長い歴史を知らない人が多くなるとの危機感からだ。制作に携わる住民同士の交流も進み、地域の魅力を再発見する機会にもなっている。(佐藤行彦)
「初めてこの場所に来た感じの表情で」「探検するようにゆっくり歩いて」
3月中旬、大山崎町のJR山崎駅近くの路地。監督を務める島本町在住の会社員折小野(おりこの)和広さん(40)の声が響いた。主人公が町をさまようシーンの撮影。大役を務める大山崎町の自営業中村佳太さん(33)は「演技は初めて。戸惑いも多いけど楽しい」と笑顔を見せた。
映画のタイトルは「家路」。両町がモデルの架空の町が、ある出来事をきっかけに封鎖される。そこに行けば願いがかなうとのうわさが広まり、事故で妻を亡くし、息子も重体の主人公が我が子を目覚めさせようと町に入るストーリーだ。
きっかけは、大山崎町商工会が2012年に開いた地域活性化を考える会合だった。出席した折小野さんが学生時代に映画を撮った経験を話すと「宅地造成などで失われる風景を記録しては」との声が上がった。
山崎地域は天王山(270メートル)の裾野に広がり、戦国時代には「天下分け目の天王山」と呼ばれる、羽柴(豊臣)秀吉と明智光秀の「山崎の戦い」の舞台になった。淀川など3河川が合流する緑豊かな地で、1923年にはサントリー創業者の鳥井信治郎が日本初のモルトウイスキーの蒸留所を島本町に開設している。
一方で2年前には大山崎町と長岡京市の境の同市側に阪急西山天王山駅が開業。住宅地や事業所の造成が進み、昔から住む町民の高齢化による歴史や文化の継承が課題となっていた。
両町の住民らは「oYamazakiまちのこしプロジェクト」を結成。役者から制作陣まで20~60歳代のスタッフ十数人の大半は映画の素人だが、折小野さんの構想をシナリオ化し、昨年4月から月1~3回のペースで撮影を続ける。
ロケは大山崎町の離宮八幡宮や島本町の避暑地・尺代のほか、天王山麓の竹林や河川敷など住民が後世に残したいと考える場所でも行われている。協力する住民も増え、昨年末に撮影した結婚式のシーンでは約30人がエキストラとして集まってくれたという。
スタッフの大山崎町の三宅秀輝さん(64)は「映画作りは色々な人と知り合う機会になり、世代間の結びつきも強くしてくれた」と話す。折小野さんは「撮影のたびに山崎の新しい魅力に気付く。地元の風景を映画にちりばめ、未来に残したい」と意気込む。
映画は今夏完成し、秋には地元公民館などで上映の予定。制作費が不足気味といい、プロジェクトは28日まで寄付を募っている。問い合わせは担当の中村さん(090・5328・3488)。
◇全家集合31年ぶり 「責任の重さ感じる」
かつて高野山(高野町)の寺領管理などに従事する「庄官」だった4家の当主らが14日、開創1200年記念大法会が開かれている高野山を訪れ、添田隆昭・高野山真言宗宗務総長と懇談した。弘法大師・空海ゆかりの4家が集まったのは31年ぶり。
金剛峯寺によると、四庄官は讃岐の国(香川県)出身の空海の父方・佐伯氏と母方・阿刀氏の血縁で、空海が816年(弘仁7年)に高野山を開いた際に入山した。政所として創建されたと伝えられる山麓の慈尊院(九度山町)で寺領の荘園管理や物資輸送などを担ったとされる。50年に1度営まれる高野山開創記念大法会にも出仕したという。
4家のうち2家はかつて水害の影響で山麓を離れ、廃絶したとされたが、1984年の「弘法大師御入定1150年御遠忌大法会」の際に所在が判明。現在、各当主は会社員や農家などとして生活している。
今回は、田所卓さん(82)(京都府綾部市)の呼びかけで他の3家の亀岡靖和さん(73)(橋本市高野口町)、岡勝行さん(63)(九度山町入郷)、高坊圭一さん(60)(大阪府熊取町)が一緒に参拝することになった。各当主らは5月1日に大法会の行事「金堂舎利会(しゃりえ)」で進行役を務める。
この日、金剛峯寺で懇談した添田宗務総長は「高野山を支えた一族の子孫の方々が集まってくれてうれしい。今後も伝統を守り続けてほしい」と語り、岡さんは「先祖に感謝する一方、責任の重さを感じています」と話していた。
プロバスケットボール・TKbjリーグの富山グラウジーズは11日、富山市秋ヶ島の県総合体育センターで仙台89ERSと対戦し、78―86で敗れた。富山は3連敗で、通算成績31勝16敗。順位は東地区全12チーム中5位のまま。
富山は、立ち上がりから相手外国人選手に次々とシュートを決められ、第1クオーター終了時点で11点差をつけられた。ワーナーが試合を通じて28得点を挙げるなど追い上げたが、及ばなかった。
試合後、ボブ・ナッシュヘッドコーチは「チャンスはあったが、生かすことができなかった」とコメントした。次戦は12日、同会場で仙台と再戦する。